Banana Recipes

漫画 BANANA FISH の2次創作ブログです。 BANANA FISH 好きの皆様と仲良くしていただければ嬉しいです♪一部BL・R18あります。ご注意を。

それは日暮れ前だった。

そこは小さな古ぼけた賃貸アパートメントの一室だ。
リビングから繋がる扉が少し開かれている。
その扉の向こう側からキーボードが打たれるリズミカルな音が聞こえていた。
その部屋では扉に背を向けてパソコンに向かって仕事をする青年の姿があった。青年というには少し盛りを過ぎているだろうか。姿勢良くパソコンに向かう白人男性。その均整のとれた背に連なるすらりとした首の上には見事なプラチナブロンドの頭髪が乗っていた。
しばらくしてキーボードを打つ手がとまる。右手にあるマウスをカチリカチリと鳴らすと同時に、画面上からファイルが消えた。
ため息と同時にその青年は右手で左肩を揉んだ。
画面右下の時計が目に入る。

ー遅いな・・。

彼の同居人がまだ帰らない。今日は日中に帰ってくると言って家を出たのだが・・。

だがまだ日も暮れていない。青年はチラリと窓に目をやった。その向こう側ではどんよりとした冬の空が広がっている。

そして、回転する椅子をクルリと回し、コーヒーでも飲みに行くかと椅子から立ち上がろうと腰を浮かす。その時、デスク脇の棚に並べられているアルバムが目に入った。彼は無造作にそれを手にとる。
もう一度座り直し、机にむけて再度椅子を回した。そのアルバムを机の上で開く。
彼がそれを手に入れたのは何年前だろうか。
あの頃の彼は写真に興味などなかった。彼の同居人が写真を生業にしていなければ今でもまったくないだろう。いや・・あの頃興味がないというよりむしろ・・。

パラリパラリとページをめくる音と共に、懐かしい場所と懐かしい笑顔が現れる。

それまで無表情だった青年の表情が柔らかいものとなった。

ザッとページをめくり終わり、裏表紙を閉じようとする。その時、最後のページに窮屈そうに並べられた数枚の写真の、一番下のそれに目が止まる。

彼がこのアルバムを手に入れた時にはすでに、全てのページに写真が整然と並べられていた。
だが、最後のこの写真は彼がこのアルバムを手に入れたその日に撮影されたものだった。それを彼の同居人が後からわざわざ追加した。他の写真を詰めてまで。

彼はその日の出来事を思い出していた。






「アッシュ起きろよ!ほら!アーッシュ!」

アッシュの背が英二によって大きく揺すぶられる。彼はうつ伏せになって眠っていた。ここは彼が1年前に買い上げた家具つき高級アパーメントの寝室だ。備え付けられていた大きなシングルベッドの大きな枕に顔を押し付け、ベッドから離れまいとそれを抱きしめる。アッシュはしばらくその揺れに耐えていた。いつもならそこで一度はあきらめるはずのーまた30分後に同じ事を繰り返すのだがー彼の同居人である黒髪の友人は、なぜだか今日に限っていつまでもアッシュをガクガクと揺さぶりつづける。さすがに気持が悪くなってきた。彼はとうとう枕から顔を離し、薄く開けた翡翠の瞳で友人を睨みつけた。

アッシュと目が合った英二はニコリと笑った。
「今日は25日だぜ?プレゼント開けるんだろ?」

今日はクリスマスだった。

お前は子供か。とアッシュは思うが眠すぎて声にならない。うつぶせのままアッシュは目覚まし時計に手を伸ばした。
8時12分だと?
いつもより2時間程早い。
時計を掴んだ手もそのままにもう一度枕に顔をうずめたアッシュの腕を英二がひっぱりあげる。痛い。
「アッシュ!寝るなよ!ほら起きろって!」
アッシュは非常に嫌々ながら、重い身体をなんとか起こし、恨めしげな表情を英二に向ける。だが英二は気にせず機嫌よく、アッシュのための朝食を用意するために寝室を出た。
アッシュは亀よりも遅い動作で渋々とベッドから足を下ろした。

アメリカでは25日の朝にツリーの下に置かれたプレゼントを開けるのだ、と英二に教えたのはアッシュだ。少し驚く英二になんで驚くのかと尋ねると、日本では24日にパーティーをしてプレゼント交換するのが一般的だと言うのだ。
でもそうだよね。キリストが生まれたのは25日だから25日に祝うのが当たり前だよね。と英二は一人で納得していた。
それ以前にお前は仏教徒じゃないのか。
とアッシュは思うが口にはしない。英二の宗教観はおおらかだ。以前つっこんで聞いてみると仏陀の教えもたいして知らないようだ。でも日本人は皆こうなんだよ。と英二は口にする。神様がいっぱいいるのさ。と。
英二にかかるとキリストもアラーもたくさんいる神の内の一人らしい。唯一神の意味って知ってるか?と聞こうと思ったがやめておいた。神の存在を信じていない自分が言ってもむなしいだけだ。
何者をも信じないアッシュに、多くの神を信じる英二。自分達はある意味似たもの同士かもしれない。つまりは宗教などどうでもいいのだ。

ホントはジーザスが生まれた日なんてだれも知らないけどな。と言ったアッシュに英二がそうなの?と目を丸くした。お前、1980年ほど前のことなんて誰が知ってるんだ?と聞いた時点で会話は終了した。そんなこと聖書にだって書いてやしない。
とにかく、と英二はアッシュに言った。アメリカじゃ25日にプレゼントを開けるのが一般的なんだろ?

『じゃぁ。今年はそうしようか。』

にこりと笑ったその笑みにアッシュはただ、ああ・・。と答えた。



そして今、数日前に英二によってツリーの足元に用意されたプレゼントをアッシュは手に取り、それに爪を立て、大きな音をたててバリバリと包装紙を破っていた。その形や重さからして何らかの本だろうと推測する。
「きみねぇ・・。もっとなんていうか他の開け方があるんじゃないの?」
「他にどんな開け方があるってんだ?」
山猫か。と呟く英二を気にせず、アッシュが破り捨てた包装紙の中から現れたもの、それは本ではなくアルバムだった。2冊ある。
アッシュがその一冊をパラパラとめくると見知ったメンバーの写真が出てくる。
英二が少し照れながらプレゼントの説明をする。
「ぼくがきみにプレゼントできるものってそれくらいしかなくて。伊部さんが撮ってくれたものもあるんだけどさ。」
そこには自然な顔をして笑っている仲間の写真や、不意をつかれて撮られてしまった自分の姿、そしてN.Y.の風景写真が並べられていた。
「お前、隠し撮りの腕があがったんじゃねぇの?」
「ぼくはちゃんと撮るって言ってから撮ってる。」
アッシュが片眉を上げて英二を見た。
「へえ?」
「・・のもあるよ。」
アッシュはふふんと鼻で笑ってアルバムを閉じる。
構えられて作り笑いされても面白くないしなぁ。と英二がぼやいた。
アッシュがもう一冊のアルバムを開けるとそれは空だった。パラパラとページを最後までめくる。やっぱり何の写真もない。

「それはこれから埋めていこうよ。」
と英二が微笑みながら言った。僕は来年もいっぱい撮るよ。と。
アッシュは肩を竦める。
「このアルバムを埋めるだけ俺達は盗撮される訳か」
「だから人聞きの悪い・・。」
「お前、俺たちを黙って撮る分にはいいが、」
「うん。わかってるさ。知らない人にはカメラをむけないって。」

ホントに分かっているのかこいつ。

危機管理のいまいち甘い英二の言葉が信じられない。だがアッシュはそれ以上は口に出さず英二を促した。
「そっちを開けてみろよ。」
30cmくらいの箱に入れられたそれは結構な重さがあった。英二はアッシュによって綺麗に包装されたプレゼントのセロハンテープを剥がし、丁寧に開け始める。
「お前なんだ?湿っぽい開け方だな。」
「日本にはものを大切にする”もったいない”って言葉があるのさ。」
鼻で笑うアッシュを気にせず、包装紙を破らないようそれを取り除き、英二が箱の蓋を開いたそこには・・。

「鍋・・。」

琺瑯で作られたそれは普通の鍋より頑丈そうだ。だが、成人を過ぎた男性に贈られるものではないだろう。箱を開けた手もそのままに英二が複雑な表情でそれを見つめる。
「お前また焦がしてただろ?」
「え?うーん。知ってたのかい?」
アハハと英二は困った顔をして笑う。
「子供じゃねぇんだから火の元には気をつけてね。オニィチャン?」
「きみこそ、やかんを空焚きしてたじゃないか。」
ムッとした英二に反撃される。
先日アッシュは2人分のコーヒーを入れようとやかんを火にかけた。そして湯が沸騰するまで、とカウンターに座りながら本を読み始めた。そしてその本に集中しすぎてしまった。結果、アッシュは湯が沸騰し蒸発し尽したことに気付かなかったのだ。時間が掛かり過ぎる事に訝しく思った英二がキッチンに顔を出して大きな声でアッシュを呼ぶまで。

「目の前でお湯が沸いてるやかんが見えないなんて、今日のプレゼントは老眼鏡にしたほうがよかったかい?」
「・・・鍋の蓋、開けてみろよ。」

アッシュに言われて英二がやっと鍋を箱から出した。琺瑯でてきているそれは普通の鍋よりも重い。だがなんだかおかしな重さに英二の眉が寄せられる。英二が鍋の蓋を開けた。
そこにはその鍋の中で転がらないように、透明の緩衝材で上手くパッケージを施された何かが入っていた。

「レンズ・・?」

そのレンズは街撮りにほどよいズームレンズだった。
以前2人で街中を歩いていた時、英二がおもむろにカメラを構えた。しかしその腕はシャッターを切ることなく降ろされる。その後、英二が彼のレンズを見ながら呟いたことをアッシュは覚えていたのだ。『このレンズ、写りはいいんだけど、ちょっと遠くを撮りたいときは難しいなぁ。』と。
このレンズとは短焦点のレンズだ。ズーム機能がついていない。そのため英二はいつも”ちょっと遠い”被写体にいちいち近づいて行くので、カメラを持った英二にアッシュは振り回されることになる。
「たまたま通りかかった中古カメラ屋のショーウィンドーにあったのさ。」
これでお前に振り回されずにすむ。と、アッシュは肩をすくめてみせる。
「ありがとう。」
英二は手の中でレンズのグリップをクルクル回しながら小さく笑う。
「これで、またきみを撮るよ。」
「カンベンしてくれ。」
アッシュが本気で顔を顰めた。

でも僕は君くらいしか撮るものがないし。と英二はこぼし始める。君は僕が一人で外に出るのを嫌がるし、ボーンズとコングに付き合ってもらうのにも限界があるし、だいたい君を撮ると言っても日中は寝てるか外に出てるじゃないか・・とブツブツ呟く英二を遮るように、アッシュはわかったわかったと席を立つ。
と同時に昨夜アッシュがソファーに投げて、そのままになっていた上着を手に取った。
レンズを手にしたまま英二がアッシュに尋ねる。
「・・・どこかへ行くのかい?」
「行くぞ。試し撮りしたくないのか?」
「したい!」

英二は慌てて窓際の三脚に設置しているカメラを取りに行き、アッシュから貰ったレンズを装着した。




結局あの日はー

青年は一人アルバムを前にして、十数年前のあの日を思い出しながら知らずと微笑んだ。

久しぶりの2人での外出となった黒髪の友人にあちらへこちらへと連れ回された。
行く先々で機嫌良くシャッターを切る彼の笑顔は、今にも降り出しそうな曇天などを気にすることなく明るく弾けていた。
その笑顔を見るとアッシュの心も知らずと軽くなる。
そしてマンハッタンを一周して日も暮れようという時刻、彼らは最後にセントラルパークに寄った。公園内を真っ直ぐに続く道を2人は並んで歩いていた。その両脇に等間隔に立ち並ぶ木々の葉は全てが落葉していた。その枯葉で埋め尽くされた石畳の上の、少し湿ったそれらを踏みながら、彼らは公園の奥へと足を進めていた。もうしばらくすれば池が見えてくるはずだ。英二はその池がお気に入りだった。カメラを携えた散歩をするときは必ずそこに連れて行かれる。
気温が下がってきた。日々のつまらない出来事を楽しそうに話す英二の吐く息が、白い。
寒い。アッシュはブルリと震え、少し肩をすくめポケットに両手を突っ込んだ。道の先の視界が開け、ようやくこの公園で最大の貯水池に到着する。
その時英二が歓声を上げた。
「わぁ!」
彼の視線の先には、雲間から射す見事な幾筋もの光があった。幾重にも連なるそれはカーテンと言うよりは、厚い雲が天上に溢れる光を抑えきれず、破れた穴から零れ落ち続ける光のシャワーのようだった。
英二はカメラも構えずただ見惚れている。
時刻は夕刻だ。
暗い曇天であるはずの厚い雲が、濃紺に彩られ、光がこぼれるその雲の隙間の周辺だけが燃えるような夕日のオレンジ色に染まっていた。
そこから射す黄金の光は、公園の大きな池の対岸に立ち並ぶ木々の、さらに向こう側にあるマンハッタンのビル群に斜めに降り注ぐ。濃く淡く。ゆっくりと動く雲間にその姿を変えながら、幾筋も幾筋も。
公園を散歩中の人々がその見事な光景に歩みを緩め、また留める。
2人は言葉も発さずしばらくその美しい輝きを眺めていた。

その時2人の脇を通り過ぎた老婆が独り言を呟いた。
それを英二が聞きとめる。

「エンジェルラ・・?」
「"Angel ladder"。あの光をそう言うんだ。」

”天使の梯子”

先程まで暗く厚い雲に覆われた暗い曇天から突然射す幾筋もの光。いつの時代からそれはそう呼ばれるようになったのだろうか。

「へぇ・・ぴったりだね。天使があれを登るのか・・いや降りてくるのかな?」
英二は素直に呟いた。
「どっちにしてもあの梯子を登っていけばきっと神様がいるんだろう。翼の生えた天使に手を引かれながらね。クリスマスにふさわしいなぁ。」
「どちらにしても俺には登れないけどな。」

登ったとしても会えないだろう。自分は神など信じていない。

幼い頃は眠る前、床の上に膝をつき、ベッドの上で手を組んで、神に祈った。
『グリフが帰ってきますように。明日、グリフィンが帰ってきますようにー。』
昔通った教会で聞いた教えがある。

ー汝、殺すなかれ。

人生の8年目にしてアッシュは神を裏切った。
だが、あの時、自分が銃を手にしなければ今の自分はここには立っていないだろう。あれからいくつの戒律を何度破っただろうか。片手の指を越した頃アッシュは数えるのをやめた。

ー神などいない。

アッシュは誰に見せるともなく口角を少し上げてみせる。

英二はそんなアッシュを少し黙って見た後、にこりと笑ってこう言った。

「きみ。高いところが苦手だったのかい?」

・・そういう意味ではなくて。
英二は外国人だ。英語が堪能ではない彼との会話は、意思疎通に多少の齟齬が生じることがままある。先程の彼の発言は、本気で言っているのか、それとも下手なジョークなのかと考えあぐねていると、英二がまた話しはじめた。

「日本にはさ。アッシュ。ことわざがあってね。」
ー?
「捨てる神あれば拾う神ありっていうのさ。だから、」
英二は笑顔のままで言葉を続ける。

「あの先にはきっと、きみの神様が待っていてくれるよ。」

「・・撮らないのか?アレ。」

アッシュは光の筋に向かって指差した。その先では雲がゆっくりと動き、先程とは形を変えて次第に光が小さくなっていた。

待って待ってと誰に言っているのかわからない言葉をつぶやき英二は慌ててカメラを構えた。だがすぐにファインダーから目を離す。
「ちょっと待ってて。ここからじゃ無理だ。あっちの方にいってくるから!」
走りながら英二はアッシュを振り向いた。その笑顔の向こうでは、彼の願いが叶ったのか、再び形を変えた雲の合間から少し大きくなった光が輝きはじめる。

ー天使に手を引かれながら。か・・。
異教徒のくせにそんな想像のできる英二をアッシュは皮肉に思う。
英二は人の善を信じる。
アッシュの中にあるかどうかわからないちっぽけなそれですら彼は見出そうとする。
羽根の生えた天使たちは何事をも信じる英二を許し、微笑みながら彼を、彼の手を引いて連れて行くのではないか。
手を引かれる英二も天使と同じような微笑みを浮かべていそうだな。とアッシュは一人で笑った。

“あの梯子を登って行けば神様に会えるんだろう。”

神の光を追いかける英二の背を見ながらアッシュはゆっくりと歩いて行った。






その日の深夜のことだった。
アッシュは自分が放った小さな声にハッと起こされた。
勢い良く起き上がる。

ー夢だ。

片手で胸を押さえ、逸る鼓動を落ち着かせようとした。
乱れた前髪の間にはうっすらと汗が浮かんでいる。
アッシュはもう片方の手の甲でそれを拭った。その指先は細かく震えている。
隣のベッドで眠っている友人に目をやった。黒髪の彼はアッシュに向けて背中を見せており微動だにしない。
どうやら起こさずにすんだようだ。
ブランケットを履いで静かにベッドを出て、リビングルームへと続くドアを開ける。電球をつけたままのクリスマスツリーが目に入った。そこで光る電球の色とりどりの美しい灯り。その光がリビングの家具を淡く暖かく照らし出していた。だがそれはアッシュの心を暖めはしない。

部屋の電気をつけないまま、ツリーの灯りのみを頼りにアッシュはソファーへと向かった。暖房がつけられていない深夜のリビングは寒い。すぐにアッシュの手が足が、体中が冷える。しかしそんなことは気にならず、アッシュはそのままソファーに座った。
少し開いた膝の上に肘を立て、両手で軽く組んだ指先の中に自分の額を埋めた。止まらない震え。この悪夢は一体いつまでー。

その時、アッシュがチラリとソファーの端に目をやる。そこには2冊のアルバムが無造作に置かれていた。昼間英二から贈られたものだ。

そのうちの一冊に冷えた手を伸ばし、ソファー脇の背の高いスタンドライトのスイッチをオンにした。ソファー周辺だけが暗い黄色い灯りに照らされる。
アッシュはパラパラとページをめくった。その手がとあるページで止まる。

アッシュの瞳はその写真に囚われる。
そこでは懐かしい顔が笑っていた。この写真は伊部が撮ったものだろう。かつて親友だった黒いサングラスをかけた少年の笑顔がそこにあった。その両脇には屈託のない顔で笑う英二と仏頂面の自分。
アッシュはこの写真がいつ撮られたのかを覚えていた。
ケープコッドからロサンゼルスへ向かう道中だ。
逃亡中にも関わらず、くだらない冗談が好きなこの親友を中心に自分達はお互いに笑い合っていた。

アッシュはそれをしばらくじっと眺め、今だ細かく震える手を自分の額に当ててもう一度目を閉じた。

その時、背後から聞き慣れたやわらかい声がかかった。英二だ。やはり起こしてしまったのだろうか。

「迷惑だったかい?」

英二が迷惑かどうかを聞いたのは、おそらくアッシュが今開いているページに貼られている写真についてだろう。
自分達の真ん中で笑っている彼は英二の親友でもある。付き合った時間は短いが、自分達はたしかに気が合う仲間だった。
彼の事を思い出すのは英二にも胸が痛いはずだ。
自分達の親友であったサングラスの彼特有の大らかな笑み。それはアッシュの手によって永遠に失われてしまった。
ーこの手で。

「いや・・。」

アッシュは額から手を外し、それを握りしめて震えを隠す。
ソファーの背後に立つ英二にはアッシュの表情とその手は見えないだろう。

「きみは以前写真を撮られるのが嫌いだっていってたよね。今でもそうかい?」
頭上から英二の変わらぬ穏やかな声が降ってくる。
「そうだな・・いや。」
アッシュが否定の言葉を呟き、少し間を置いて答えた。
「シャッター音が嫌いなんだ。」
「シャッター音?」
「ああ。だけどお前のカメラのシャッターは・・」

アッシュは日々を思い出す。
ここで暮らし始めた最初の頃は、室内で聞こえるその音に神経が逆なでされた。シャッターの音はアッシュの辛い思い出に繋がる。しかし、この部屋でカメラを使ってマフィアのビルに出入りする人物を撮れと英二に言ったのはアッシュだ。室内から出ることのできない英二は暇をもてあましたのだろうか、しばらくしてコングやボーンズそして自分を撮る事を楽しむようになった。
耳障りなシャッター音が聞こえて振り向くと、微笑んでいる英二がそこにいる。アッシュに向かって構えたカメラのファインダーから少し目を離し、彼の特徴である静かな微笑みを湛えて。今のはいい写真が撮れたよ。と。
アッシュは英二のカメラのシャッター音を覚えた。それは英二の優しい笑顔と繋がるものになった。
ーだから、

「嫌じゃねぇ。」
アッシュは振り向かずに答えた。
背後で英二が、シャッター音かと呟き、微笑む気配がする。
「伊部さんもこのカメラのシャッター音は格別だって言ってたよ。」
「伊部が?」
「うん。伊部さんはさ。カメラをいっぱい持っていて、どのカメラのシャッターがどんな音だって熱く語られたことがある。」
「変態だな・・・。」
震えが少し収まった手を握りしめたまま、アッシュが意識して口の端をあげて見せた。
英二がゆっくりとソファーを周り、アッシュの隣に座った。
「ねぇきみ。」
声をかけられアッシュは英二に顔を向ける。英二の顔の向こう側にはソファーの脇に置かれたスタンドライトが淡く優しい光を灯らせていた。
アッシュの震える手に自然と英二の手が乗せられる。暖かい。
「以前きみはぼくに、なにも感じないと言っていたけれど、」
そんなことは絶対ない。と、英二の力強い黒い瞳がアッシュの瞳を捉えた。

「きみの事を僕のカメラが記憶するよ。辛いことも楽しいことも。きみの感情を全部。」

「そんなこと・・」
できるか。と口にしかけたアッシュを英二が自然に遮る。
「できるさ。」
・・・。
「ぼくはきみのそばにいるといったろう?」
「ずっとでなくていいと言った。」
「ずっとだ。」

ずっとだよ。アッシュ。

英二がアッシュに言い聞かせるようにゆっくりと繰り返した。
彼の手で包まれたアッシュの手はいつしか震えが止んでいる。

「さ。もう寝ようぜ。アッシュ。」

英二は微笑んで立ち上がった。立ち上がると同時に彼の手がアッシュの手から離れる。アッシュの手は再び冷たい空気にさらされた。
そして英二がもう一度アッシュに手を差し出す。

「ほら。」

アッシュはその手を見つめた後、それに向かってゆっくりと手を伸ばした。

英二の背後から、スタンドライトの黄色い暖かい灯りが、その姿を優しく照らし出していた。


***



あれから何年がたっただろう。あれは2人で過ごした最初のクリスマスだった。
出会って1年目のクリスマスはそれどころではなかった。2年目はマフィアと戦いながらもクリスマスの日には2人であのアパートにいた。

出会って2年目のクリスマスかー。

その翌年に、マフィアとの決着がつき、あれから何度引っ越したろう。
死亡したことになっているとはいえ、自分には数え切れないほどの前科がある。ひとつの場所に長くはいられなかった。引越しのたびに『お前はここに残れ。』と英二を説得するのだが、英二は頑として聞き入れない。英二がいなければダウンタウンに戻ってもいい。NYを離れるのもいい。だが彼と一緒にいる限り、ここを拠点として仕事をする彼を連れ回すわけにはいかなかった。

その時、玄関の鍵が開けられる音がして、英二の声が聞こえた。

「ただいまアッシュ。今日の撮影疲れた。晩御飯お惣菜でいいだろ?」
英二の写真の仕事が軌道に乗り始めて数年が立つ。以前のように2人のために毎日食事をつくることもできなくなった。だが英二は少し時間があれば何かをつくろうとする。今日はよほど疲れているのだろう。
「かぼちゃのサラダなんか買ってきてねぇだろうな?」
キシリと音を立てさせながらアッシュは椅子を引いた。机の上で広げていたアルバムを閉じて、デスク脇の棚にそれを収めた。
そこには大小のアルバムが数冊並べられている。
丁度英二と過ごした年数だけの冊数が、そこにはあった。

眼鏡を外しながらゆっくりと立ち上がり、リビングへの扉を開けた。
扉をあけると小さなクリスマスツリーが目に入る。今年のクリスマスもあと1週間を切った。
その足元にはいくつかのプレゼントが並べられている。
そこには今年も当然のようにリボンのかけられたアルバムが用意されていた。

「かぼちゃ?買ってないよ。それよりほら。」

帰ってくるなり窓側にまっすぐに行った英二はカーテンを勢いよく開けた。その先には、

ーAngel ladder

今アッシュの目に映るそれも、先ほどまで見ていたアルバムの最後の写真と同じくらいに神々しい。
いつかのようにその光を背景にして、英二が微笑む。
「アメリカに来た頃きみと見ただろ。覚えているかい?」

こっちにきて見てみろよ。と英二は笑顔でアッシュに手を差し出す。

ー手を引かれるまま、あの梯子を登って・・・。

アッシュは吸い寄せられるように英二へと歩いて行った。



『あの先にはきっと、きみの神様が待っていてくれるよ。』










ズームレンズよりは短焦点レンズの方が好きです。そしてシャッター音はコンタックスが好きな管理人です。こんにちわ。
最後まで読んでくださって本当にありがとうございます。ど・・どうでしたかね?クリスマス小説のくせにこんな雰囲気。今回途中で”宗教がかってきちゃったわーやばいわー”と思ったものの。まぁいいかと開き直って書いちゃった。えへ。書きながらそういえば、学生の頃単位のために1年程、宗教学をとってたな。と思い出した管理人です。小説を読んでお分かりの通り、授業の中身なんて殆ど覚えてないアルよー。しかもそれ仏教だったアル。ハハ。
今回、『天使の梯子』のシーンを思い浮かべた時、あの光の名前がわからなくて調べるのに苦労しました。どんな光かわかりますか?コチラ。2人がみた光はこういうののめちゃめちゃきれいなの設定です。
いつもコメント&拍手本当にありがとうございます。
ちょっとでもコメントや拍手をいただけると、お調子ものの管理人は「貴女のために次もなにか書かせていただきます!ありがとーありがとー。」と思えます。
でも今回みたいな話。どうなんだろーなぁ。クリスマスなんだから糖度でバカップルとかのがよかったんだろーなー。・・糖度でバカップルはまた別枠で。
ともかく。最後までお付き合いいただきまして本当に本当にありがとうございました^ ^
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2013.12.12 13:45 | # [ 編集 ]

★>ちょこぱんだ様
わー。ちょこばんださん。コメントありがとうございます!
ちなみに私、ご隠居モードからスーパースローモードにシフトしました。ので。
隠居解除ということで、返コメしまーすv

「さりげなく、 小葉さんちの日常がちりばめられてますね(笑) 」
そーなんですよ(笑)
日記読んでくださってる人にはニヤリとされるなと思ってましたw
でもね。カメラは標準装備なんであれですけど、鍋は旬ネタか・・。とか思っちゃうでしょ?
ちがうんだなー。この小説書き始めた昨年の12月から鍋ネタだったんです!(と胸を張る)
どんだけ書くの遅いんだー。ってことはもう仕様なんでつっこまないでください。エヘ。

「プレゼントの山猫破り」
これねー。どこかで読んだんですけど、多分アメリカの話だと思うんですけど、プレゼントをビリビリやぶるのが一般的みたいですよ。”早く開けたい!”という気持をあらわすためですって。っていうのは口実でやつら(アメリカ人)は雑なだけだと思うんですけどね。
対する日本人はとりあえず丁寧に開けようとしますよね。国民性かなぁ。と思って書いてみました。^^

「今回、「胸キュン言葉の歳末大売り出しやあ」と言いたい位」
えー。そうなんですか。
ありがたい事に、これまでもセリフについてそういう感想をいただくことがあるのですが、書いてる本人”どこなんだろ・・”と思うことがあったりなかったり・・。もーみなさん。どのセリフがよかったのか教えてほしい・・。

「「それはこれから埋めていこうよ。」 」
あー。それですか。ありがとうございます!
そこは1年前に書いたから書いた本人の中では旬ではなかったという(お恥ずかしい)。でも書いたときはたしかドヤ顔してたかも(笑)
決め台詞を思いついたときはドヤ顔ですよきっと私w。
ちなみに今年書いた部分ではえーと”きみの事を僕のカメラが記憶するよ~”がドヤ顔でしたw。

「どの台詞もさらっと流して」「今回アッシュにジェラシー湧きまくり」
おおぅ。ちょこぱんだクオリティ。w
やっぱなー。英二スキーv
そーなんですよね。うちのアッシュさらっとしてるんですよね。英二の言葉にいちいち反応しない(つもりになってる)。
でも心の中には残ってるはずですよ!多分・・・・。

「英ちゃんがキレてるのが好き」
残念ながらその小説は読んでないんですけど(引き篭もりは微妙に続けてるから)
ちょこぱんださん・・・・・・・・・・・・・・。
実はわたしもですよ!
ねーねー。この間英二がキレっぱなしの小説書きかけてやめたんですけど(あまりにもキレっぱなしだったから)
書きあがったら読んでくれますか?(英×AのR16.5)
でもアップするのこわいんだよなー。

いつも楽しいコメありがとうございます。
駐在アメリカ大使。たしかにどっちもケネディだ。ナルホド。とか。
世界無形遺産に和食が登録されたところからの「君と君のリンクス達に~」とか。(←ちょこぱんださん本当に記憶力いいですねぇ)
そして、日記拍手の100キリ番・・・にびっくり。長くスクロールしてみてみたら確かに!(驚)ああ。キリ番申告してもらったのはじめてです(嬉)。ありがとうございます!
できるかどうかわからないけど、何か書いてほしいシチュエーションとか使ってほしいセリフとかあったら言ってくださればキリリク小説を・・想像できればですけど・・・。自信ないけど・・。気長に待ってくだされば・・・。なんかマイナス思考満載ですけど、
”書きますからなんでも言ってください!”とか言えないわたしでごめんなさい><。ダメもとで一応言ってみてくださいw。がんばる。でもダメもとで・・(←グダグダ)
がっつり起承転結のあるあらすじとかコメくださってもいいですvあるんじゃないんですか?ちょこぱんだストーリーが。w でもやっぱりダメもとで・・。

それでは本当にいつも楽しい&うれしいコメントありがとうございます^^。
本格的に寒くなってきましたが、お体には充分お気をつけください。でわ~。

2013.12.15 17:11 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]

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2013.12.25 23:46 | # [ 編集 ]

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2013.12.26 02:13 | # [ 編集 ]

★>文月絵魚様

「小葉さん、こんばんは♪ 」
わー。文月さんこんばんわ!遊びにきてくださって超うれしいです~^^

「つんでれアッシュ、いいですねvアルバムタイトルもステキですv」
つれづれのヘロ絵を見てくださったんですね。ありがとうございます!
そうそう。”365日ぼくときみ”っていうタイトルです。
あのアルバムの中には、
もう2人のあんなシーンやこんなシーンが盛りだくさん。w。
あのヘロ絵のアッシュは、
”お前ばっかりオレを撮りやがって、1台おれにもカメラをヨコセ。”
とバカチョンカメラを英二から借りて、日ごろの英二を激写ですw。
そして、うまく取れてたら”英二・・・v”と自分の懐に入れて携帯する。という。
デレ加減v
いかがでしょうか(笑)

そして、小説を読んでくださってありがとうございました!
「冷たい静かな空気感のなか、ふたりっきりとか大好物で」
まぁ~。ありがとうございます!
私超寒がりなんで、冬とか苦手なんですけど。
この文月さんと同じく”冷たい静かな空気感”って好きですv
冬の空気は清涼でなんだか神聖ですよね。
そのあたり文章を読んでくださってうれしいなぁ。

「アッシュは幸せとかに引っ込み思案だから、英ちゃんに思いっきり手を引かれたらいい」
超ステキなコメントありがとうございます!
そうですよねー。アッシュは確かに幸せに引っ込み思案ですよねー。
今回英二にぐいぐいアッシュを引っ張っていただきました!
”アッシュほらこっちだよ”って。光りの射す方向へ!

「今年は「英二の日」が制定された年でしたね」
制定(笑)
文月さんは言葉の選び方が面白いですよね。
そうそう。地味に制定させていただいたんですけど。来年はどうなることやら。
もしまた企画したら乗っかってくださいw

「また来年も~遊びに来ちゃいますよ(*^^*)」
うれしいお言葉ありがとうございます!
私もまた遊びにいかせていただきますねー。
でわ。
よいお年を~vv

2013.12.28 20:46 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]

★>ちょこぱんだ様
わー。ちょこばんださん。
キリリクネタありがとうございます!
超長くなったので。回答はコチラにコッソリ上げました。
http://cobabanana.blog.fc2.com/blog-entry-261.html
今、冬休みで忙しいんじゃないですか?
年末だし・・。
お時間のある時にどうぞー。^^。

2013.12.28 21:15 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]

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