Banana Recipes

漫画 BANANA FISH の2次創作ブログです。 BANANA FISH 好きの皆様と仲良くしていただければ嬉しいです♪一部BL・R18あります。ご注意を。

「……変な夢みたなぁ」

ショーターの軽いノリを思い出してぼくはくすりと笑った。
時間の妖精とか言ってたっけ?
昨日の夜、あんな夢を見たのはこの時計の動かし方を考えていたからだろうか?

ぼくは時計を右腕に着けていた。
この時計はまだ止まったままだ。どこかの時計屋でこの時計をみてもらおうと、持って出てきていた。無くさないようにと手に巻いている。

角を曲がってタイムズスクエアの大通りに出る。ぼくは今、流行のミュージカル俳優の雑誌取材用の写真撮りの仕事の帰りに、タイムズスクエアを歩いていた。ちょうど正午になったばかりなので、さてどこでお昼ご飯を食べようかと考えているところだった。

するとぼくの携帯電話がポケットの中で鳴った。ぼくは携帯に耳をあてる。
『英二?』
「シン。どうしたんだい?」
『いや。今日空いてたら晩飯でもどうかと思って』
シンって恋人にするにはまめなほうだと思う。忙しくても時間が空いたら連絡をくれる。ぼくは仕事で色々やることがあったのだけど、今日は早く帰ろうと決めた。
昨晩はなんだかシンに申し訳なかったし。
「いいよ」
『よし。晩飯前に、引越し先のフラットをいくつか見に行くぞ』
「君。話が早すぎやしないかい」
ぼくはちょっと呆れてしまった。本気で10日以内に引っ越すつもりなんだろうか。
『善は急げってな』
急ぎすぎじゃないか。ぼくにも都合ってものが、と電話に向かって文句を言おうと思ったその時、電話を持った腕に巻いてあった腕時計がカチカチと鳴りはじめた。

あれ?時計が動き始めた?

電話を耳から離して腕時計を見る。だが時計は動いてはいなかった。
『英二。どうした?』
「いや。君にもらった、っ痛」
『どうした?英二』
ぼくは突然の頭痛に襲われた。カチカチという時計の音とともにドクドクという血管の音が頭の中に広がり、それらが混ざり合い、と変な痛みがぼくを襲ってくる。
頭に手を当てる。携帯電話がぼくの手から滑り落ちた。耳のそばに当てられた腕時計の音がさらに大きく頭に響きはじめた。

なん……だ?これ?

『英二?英二!』

途端、高速でトンネルに入ってすぐに抜けたような、ゴウという音がして、ニューヨークの喧騒がほんの一瞬だけ途切れた。

何?

そして、その喧騒がまた再開される。
ウソのように頭痛が止まった。
ゆっくりと頭から手を離す。
なんだったんだろう……。
やっぱり頭痛は収まっていた。
ぼくは落とした携帯電話を拾うために屈み、それを手にして身を起こそうとした。
ふと、違和感を感じて辺りを見回す。別に何があるというわけでもなかった。見慣れたタイムズスクエアの雑多な光景。僕は歩きはじめながら電話の向こうのシンに話しかけようとして、その手を止める。
見慣れた?
もう一度立ち止まる。電光掲示板の流れるニュースの時間は12時12分だった。その隣の日付が目に入る。

ぼくは目を疑った、「せんきゅうひゃくはちじゅう・・」ぼくは思わず声に出して今日の日付を読もうとした。
ドンッとその時ぼくは誰かにぶつかられて尻餅をついた。
「道の真ん中で突っ立ってんじゃねぇ!」
その人がぼくにどなって去っていく。その人物は薄手のコートを着ていた。コート……。今は夏のはずだ。ぼくはTシャツ一枚だった。
そういえばなんだか肌寒い……。
周りを観てみると、長袖のシャツを着ている人、厚手のジャケットを着ている人、袖なしのダウンを着てい人。
袖なしのダウンなんてぼくがアメリカにやってきた時に流行っていたけど、今じゃ誰も……。

ぼくは立ち上がろうとして、地面に手を付きなおしたとき、カサリと何か紙の音がした。捨てられた新聞だった。
新聞の日付を見る。まさか。
そして電光掲示板をもう一度見た。

1987年?の……そしてこの日は……この日付は……そんなことって。

「タクシー!」

ぼくはちょうど目の前に来た黄色いタクシーを拾った。強引に車道に出て止めたのだ。
「ニューヨーク市立図書館まで!」
ぼくの剣幕に驚く風でもなく、タクシードライバーはチラリとバックミラー越しにぼくを見やり、おかしな客をつかまえちまったといわんばかりに咥えていた煙草の火を灰皿に落とした。タイムズスクエアから市立図書館まで5ブロックくらいだ。歩いても15分ぐらいで着くが、ぼくは一秒たりとも無駄にしたくなかった。
「急いで!」
タクシーがウインカーをカチカチさせ、ゆっくりと走り始める。
ぼくはもう一度運転手を急かそうと後部座席から少し乗り出すために、運転席の背もたれを右手で掴んだ。
その腕には時計が巻かれている。

この時計……。

ぼくの頭の中に昨日の夢のショーター―― いや時間の妖精か―― の言葉が鮮明に思い浮かんだ。

『戻りたい日があるんだろう?』

ある。
何度も何度も後悔した。どうしてぼくはあの時日本に帰ろうなんて思ったんだろうって。
どうして“彼”のそばにいなかったんだろうって

『その時計は汝が望むがままの、時の彼方へ連れて行ってくれるであろう』

ぼくは時計を凝視する。文字盤の中のカレンダーを。
1987年のこの日に幾度戻りたかったことか!
だけど夢の中でもこの日に戻れたことはなかった。これは昨日の夢の続きなのだろうか?先程見たタイムズスクエアの電光掲示板の日付を思い出す。

これが夢でも構わない。
夢でもぼくは“彼”を助けに行くだけだ。

タクシーはあっというまに市立図書館の前まで着いた。
急いでポケットからサイフを出して10ドル紙幣を渡した。
「お釣りはいりませんから!」
慌てて車の外に出ようとする。
だけど、タクシーの運転手に腕を掴まれた。
「え?離してください」
「○△×%……!」
まずい。この運転手は英語が通じないのか。彼が何を話しているのかがわからない。彼が話しているのはおそらくスペイン語だった。黒髪、褐色の肌のその男はヒスパニック系だろう。NYで暮らしているとたまに英語の通じないタクシーに乗ってしまうことがある。
彼は大声を出しながら、ぼくが渡した10ドル紙幣をぼくに向けて振ってみせた。
「お釣りはいらないんですけど」
だがどうもそんなことではなさそうだ。彼は明らかに怒っている。
ぼくはふと気付いた。

そうか。10ドル紙幣は数年前に意匠が変わったんだった。この時代にこの紙幣はなかったはずだ。確か1ドルと2ドル紙幣は変わらなかったんだっけ。ポケットのチップ用の小銭入れにはたまたま1ドルと数セントしか入っていない。
おそらく運転手は偽札をつかまされたと思って怒っているのだろう。偽札じゃないんだけど、信じるわけがない。じゃぁ。カードで支払うかと思うが、数年先のカードも使えるわけがない。
ええい。仕方ない。ぼくは急いでるんだ。

「ごめんなさい!」

ぼくは運転手の腕を捻り、彼の腕を振り切った。彼は腕を押さえて痛がっている。ありったけの紙幣を全て彼に押し付ける。午前中所用で銀行に行ったぼくはカメラ鞄の中に結構な額を持っていた。新札で。

「これ、いつか使えるようになるから!それまで持っててください!!」

運転手の腕を放してぼくは全速力で走り始めた。

ぼくは全速力で走りながら心の中で”彼”の名を呼んだ。
“あの日”――いや“この日”からぼくは、”彼”の名前を思い出すだけで心が壊れるくらいに痛くなった。そんなぼくの前で、ぼくたちを知っている人は”彼”の名前を出すことを避けていた。
ぼくもいつしかその名を遠ざけるようになって・・・。

アッシュ!
アッシュ!アッシュ!

ここが夢の中でもよかった。
それでも”きみ”を助けられるなら。

今きみは図書館の中で、流れる血を押さえながらいつもの席に座っているのだろうか。
図書館の奥のあの辺りのあの席に。

早く早く。もっと早く。

ぼくはひさしぶりに力の限り走る。
周りの人が何事かとぼくを見た。
ぼくは階段を急いで駆け上り、正面のドアを勢いよく開ける。エントランスを駆け抜け図書室のドアを開いた。
そこはぼくの記憶の中の図書館とまったく変わっていなかった。
そりゃそうだろう。ぼくはこの日から一度もこの場所を訪れなかったんだから。

いつもなら清閑すぎる図書館がなぜか今日はざわめいている。
ぼくは広すぎるこの図書室をざっと見渡した。

いつもならきみはあそこに―― 

いない。

なら、あの場所の席がとれなければ、そっちは―― 

いない。

その席で僕の視線がとまった。

なぜだかそこの席を遠巻きに人が囲んでいた。

その人垣が少し動いた時に、その人の輪の真ん中にちらりと見えたものは。
机にうつ伏せになっているらしき人の頭髪だった。
かつて見慣れていた、決して忘れることのできない、とてもきれいなプラチナ色の……

「……アッシュ」

瞬間、その場所から飛び出そうとしたぼくの腕をだれかがガシっと掴んだ。
「お前!○×△%#$!!!」
先ほどの運転手だ。ぼくは背後から羽交い絞めにされた。
「離してください!」
振り切ろうとぼくは抵抗するが、すごい力で抑え込まれる。
「△×□%#$$!」
「いかなきゃ。いかなきゃならないんです!はなして!はなせ!!」
押し問答をしていたぼくたちの横を担架を持った救急隊員が慌しく通り過ぎた。
「この……!」
ぼくがタクシー運転手を殴ろうと振り向いたとき。
ガツリと先に運転手にこめかみを殴られた。

目が回る。

ぼくはまたアッシュのいる方向を向く。
暗くなっていく視界。ぼくはその場にくず折れた。
殴られた頭がいたい。ドクリドクリと音がするようだった。血でもでているのだろうか。
こめかみに右手を当てようとする。

すると今まで気にしなかった時計の音がまたやけに頭に響いた。
……カチ、カチ、カチ、カチ。
それと合わさるように頭痛の音も大きくなっていく。

そこに”彼”がいるんだ。

ぼくはずっと探していたんだ。

もう一度会えたら絶対に離れないって決めたんだ。

あと少しで、もう少しで……きみと……きみを……。



アッシュ!




―― そうして、何が何だかわからないままぼくは目覚めたのだ。





続く
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