Banana Recipes

漫画 BANANA FISH の2次創作ブログです。 BANANA FISH 好きの皆様と仲良くしていただければ嬉しいです♪一部BL・R18あります。ご注意を。

雨が降っていた。

強くはない雨だけど、ぼくは時計が濡れてしまわないようにパーカーのポケットに手をつっこんでいる。ぼくは、とあるビルをいつもの黒いサングラス越しにじっと見ている。ここに立って何分になるだろうか。傘を持っていないぼくの少し長めの黒髪は雨に濡れて、頬に張り付いていた。ここであのビルの様子を窺ってゆうに一時間は経っているだろう。過去に戻った時に伴なう頭痛はすっかり収まっていた。

そう。ぼくは待っていた。”ぼく”があのビルから出てくるところを。

ここはベアーズ親父のホテルの斜め向かいのビルの陰だった。もちろん昔の。

ぼくは二度目の時間旅行から、自分の意思で過去の“彼”を助けに行った。何度も何度も”彼”を助けに。
だけど、どうにも上手くいかなかった。
何回か“彼”を助けるチャンスがあった。だけどぼくはやっぱり力がなくて。
失敗に継ぐ失敗にぼくの心はまいっていた。

“彼”に会いたい。

もちろん過去に戻った先では“彼”の姿を見るのだけど、近寄ることはできなかった。
『過去の親しい人に自分の事を気づかれるな』
ショーターによく似た時間管理人の言葉が頭を過る。
気付かれたらどうなるんだろう、記憶を消すとか言っていたけれど……。
よくわからないリスクを犯す気にはなれなかった。そんな事をホテルの斜め向かいのビルの陰から考えていた。

―― 出て来た。

ベアーズ親父のホテルの扉から”ぼく”とボーンズとコングが出てきた。
この古い安ホテルには、当然レストランなんて洒落たものはなく、自分たちですべての食料を調達しなければならなかった。何もできないぼくは食料調達係を買って出たのだけれど、”彼”はぼくが一人で出ることにいい顔をしなかった。でもこの時間帯、つまり正午のちょっと前の時間に”彼”の目を盗んで外に出ることができたんだ。

なぜなら――

ぼくは昔のぼくらを見送った後、道路を渡り、ホテルの玄関階段を数段上がった。素知らぬ感じでホテルに入り、小さなフロントで愛想の悪いホテルマンに鍵をくれと声をかけた。つまりは彼がベアーズさんだ。本名かどうかは知らない。みんなベアーズ親父としか呼ばない。顎髭がとても立派な―― というかまるで手入れのされていないひげもじゃな―― ミスター・ベアーズは新聞を広げながらチラリとぼくを見て、だまってぼくに鍵を渡した。

ぼくは何度も過去に戻るうちに、リンクスの仲間だということになっていた。この頃のリンクスは混乱していたのだ。”彼”が刑務所にいる間に大勢が離反したものの、リンクスのボス復活の話を聞いて、リンクスの仲間に新しくなりたがる少年も大勢いた。戻ってきた”彼”の命令で、入りたい少年はほぼ全てリンクスに加入できたそうだ。オーサーと戦うために、とにかく数が欲しかったらしい。あの頃が一番わけがわからなかった、と後からアレックスが話していたのをぼくは覚えていた。そしてこの時期、リンクスの構成員はそこそこいたので、ぼくは過去に戻った時にはそこへ紛れ込み、アレックス達とは顔を合わさないようにしていた。

ぼくは勝手知ったる風情で階段を登り、廊下を歩く。突き当たりの“彼”が宿泊している部屋の玄関ドアに鍵を差し込み開けた。安いながらも中期滞在型のこのホテルの客室は、廊下から入ってすぐの小さなリビングみたいな部屋が一つと、その奥にベッドの置かれた部屋と合計二つの部屋があった。
この時間、リンクスの皆は彼らのボスの命令をこなすためにほとんど外にでているはずだ。昔のぼくがボーンズ達と買い出しに行っている今、この部屋で残っているのは“彼”以外誰もいなかった。
不用心だと思うが、“彼”は自分の身を守るためだけに、周りに人を置くことを嫌ったのだ。

この時間帯では“彼”はまだ眠っているはずだ。
ぼくはリビングを通り抜け、“彼”が眠っているはずの部屋のドアを静かに開けた。

……アッシュ。

やはり”彼”は眠っていた。
ぼくはそのベッドへ足音を立てないようゆっくりと歩いていく。
ぼくはベッドサイドにただ立って静かに彼を見下ろした。

会いたかった。

過去に戻るたびにぼくはもちろんアッシュを見るのだけれど、遠くから見るだけだった。
だけどぼくはきみの後ろ姿を見るたびに胸が締め付けられて。
もう一度、きみと話がしたくて。
話すことは到底無理だけど、寝ている”彼”のそばなら気付かれずに近寄れるだろう。そう思って、ぼくはこの時を選んで戻ってきたんだ。

ぼくは彼のその姿を見るためにサングラスを外した。

彼の閉じられた瞼にかかる見事なプラチナブロンドの前髪。ぼくはアッシュの嫌味なくらい整いすぎているその懐かしい顔をちゃんと見たくてその前髪をそっと払おうと、手を伸ばした。
その手がかすかに震える。
彼の前髪に指先が届くか届かないかと思った瞬間。

「英二?」

アッシュがぼくの名を呼んでぼくの手首を掴んだ。
ぼくはびくりとする。

まずい。

『親しい人に自分の事を気づかれるな』

時間管理人の言葉が頭をよぎる。
『記憶を消すかその存在自体を消すか』
背中に冷たい汗が流れた。ぼくの心臓がドクドクと鳴る。アッシュに聞こえてしまいやしないだろうか。
だけどアッシュはそんなぼくの動揺とはお構いなしに、またぼくに声をかけた。

「今、何時だ?」

昔のぼくと間違ってる……?

答えないぼくに、アッシュはぼくの手首を掴んだまま枕に顔を埋めた。そして、すごく眠そうな声でもう一度、えいじ、とぼくを呼んだ。

アッシュは起きる気がないようだ。
そう言えばきみは起き抜けが信じられないくらい弱かったんだっけ。

「 11時前くらいかな。ぼくの時計、壊れてるみたいだ」
ぼくの声は緊張で少し掠れてしまった。
「なんだよ……つかえねーな」
ときみがやっぱり枕に向かって声を出す。
「うんごめんよ」

使えなくてごめん。何度もきみを助けようとするんだけど、助けられなくてごめん。

「……ばか。そんなことであやまんな」
つかえねーのは時計だろ。30分たったらまた起こせ。と寝ぼけた声で呟いて、彼はまた眠ってしまった。

―― またきっときみを起こしてあげるさ。

ぼくは彼に聞こえないようそう呟き、そっと彼の手をぼくの手首から離した。

手を離しながらぼくは決心する。
決めたんだ。
もう迷わない。

アッシュ。ぼくはきみのためならなんでもする。そうそれがたとえ――

「お前、何してんだ?」

「!」

背後から声を掛けられた僕の心臓は、今度こそ喉から飛び出そうになった。
だけど、ぼくはサングラスをかけながら極力ゆっくりと振り向く。視線の先では腕を組んだアレックスが開かれた扉にもたれかかってた。リンクスのナンバー2の怪訝そうな顔。何気ない表情を装って、ぼくはアレックスの質問に嘘で答える。

「ボスが寝る前にこの時間に起こせって言ったから来たんだけど、あと30分寝るってさ」
「……寝ぼけたアッシュに殴られなかったか?」
「腕を掴まれたけど」
「お前あぶねー野郎だな。ボスを起こすのは、アッシュが連れてきたあのエイジとかいうガキにまかせとけ」
なんでか知らねーけどあいつだけが寝ぼけたアッシュに殴られねぇからな。
そう言ってアレックスは顎をしゃくった。ぼくにこの部屋から出て行けということだろう。
ぼくは扉にもたれるアレックスの隣を通り抜けようとした。

「待てよ」

通り過ぎたところでアレックスに呼び止められる。
「お前、あんま見ねえツラだな」
アレックスを背にぼくは固まってしまった。
「おい、サングラスとってこっちを向いてみ――

「お前らうるせーぞ!」

その時、アッシュが大声を出した。
ぼくらは飛び上がってこの部屋を出る。
「相変わらずおっかねー」
アレックスが扉を閉めて、そこで一息ついた。
そしてその場所でぼくを見る。
「お前、あの時の?……今まで何を……」
まずい、なんて答えよう。そう思っていると、玄関のドアが勢いよく開けられた。リンクスのメンバー数人だった。

「アレックス!オーサーの隠れ家がわかったぜ!」
「ホントか?!」
アレックスが彼らの方へと向かう。そして彼らはオーサーの居所を話し始めた。
その隙にぼくは彼らの横を通り過ぎ、部屋を出ようとする。扉のノブに手をかけた時、アレックスがチラリとこちらを見た。ぼくはそのアレックスに向けてホテルのドアの鍵を投げる。アレックスを大きく右にそれて弧を描いたそれを、リンクスのナンバー2は手を伸ばしてなんなくキャッチした。
階段を下りてぼくはそのままホテルを出る。




ホテルの外の雨はまだ降り続いたままだった。














ぼくはひどい頭痛のする頭をなんとか上げる。

ぼくは元の時間に戻ってきた。昔のベアーズ親父のホテルがあった場所からほど近いビルの陰だ。

この時間旅行を重ねるたびに頭痛が重くなり、回復が遅くなっている。
ぼくはふらつく足を引きずるように進めてなんとか自分のアパートに戻った。

まだ頭の痛みがとれない。
ぼくはベッドに倒れるように仰向けになった。
このまま眠ってしまいそうだ。
その前に時計を合わせようと目の前に右腕を持ってきた。頭痛のせいなのか時計を腕にはめたままではネジが上手く回らなかった。
腕時計をはずして、次の時間旅行の月日に時計の針を合わせる。

今度こそ失敗できない。

次の時間旅行まで数時間ある。
疲れた……。
両腕をパタリとベッドに倒した。

時間旅行先では何時間過ごそうとどこへ行こうとも、もどってくる時間と場所は”跳ぶ”前とまったく同じ時間と場所だった。どうやらぼくはこの”現在”の時間から1秒たりとも消えてはいないのだ。
でも”跳んだ”先では数時間過ごしているので一日を24時間以上で過ごしていることになる。

前に眠ったのは何時間前だったっけ……。

今日ぼくは二度の時間旅行をした。ぼくは近頃かなりなムチャをしていて、一日に何度も過去に戻っていた。”彼”を早く助けたくて、なんとかやれることはないかと思って、いてもたってもいられないのだ。

今日の二回目の時間旅行の時の”彼”の寝顔を思いだす。
眠っていても彫刻のように整った顔に、きれいな、きれいなプラチナブロンド。

瞳の色が見えなかったな……。

それをぼくが見るという事は”彼”がぼくを認識するということだ。

『過去の親しい人に自分の事を気づかれるな』

ぼくはまた正面から”彼”の瞳の色をもう一度みるんだ。あの瞳で”彼”にぼくを見てもらうんだ。

”彼”はぼくを見てなんと言うだろか。かつての皮肉な口調でぼくに話しかけるだろうか。
「そういえばさっきは、”つかえない”っていわれたっけ」
ぼくは一人でクスリと笑った。実に”彼”らしい。”彼”は本当に皮肉屋で…。

ぼくの目頭が少し熱くなる。


疲労による泥のような重さでぼくの体と意識はベッドに沈んでいった。右手から腕時計がこぼれる。



つぎは……かならず、かならずきみをたすけるから……。





――でも、次に目覚めたときから自分が思ってもみない方向へと事態が転がり始めたんだ。




続く
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