Banana Recipes

漫画 BANANA FISH の2次創作ブログです。 BANANA FISH 好きの皆様と仲良くしていただければ嬉しいです♪一部BL・R18あります。ご注意を。

目覚めた後のシンの対応がなんというか、すごかった。素早かったというべきか。


ぼくが目覚めた時、そこはまだあの玄関先だった。そこでぼくらはまだ倒れたままだった。男の人が持っていたライフルがぼくらに向けて突きつけられている。女性と子供は逃げたんだろうか、すでにそこにはいなかった。

シンは無事目覚めたのだろうかと、ぼくが横に倒れている彼を伺った瞬間。

シンの腕がぬっと男へと伸びた。

ライフルの銃砲を掴んで横へと引き倒す。男が態勢を崩したのと同時に素早く起きて、床に倒れた男性のみぞおちを踵で力強く蹴った。
男が腹を抱えて蹲る。意識はあるようだ。
その男にシンが腰から抜いた拳銃を突きつけた。ぼくのオートマチック銃だ。シンは立ったまま男の顔を足でひっくり返して男に尋ねる。
「なんの恨みもないんだが、悪りぃな。俺たち、ちょっと家を間違ったんだよ。警察には通報したか?」
男は、した、と答えた。
シンはそうかと呟き今度は男の顎を足で蹴った。
その男性は今度こそ気絶した。
「英二。行くぞ」
シンがぼくの腕をひっぱり上げる。
ぼくは立ち上がりながら気絶した男を見て、そこまでしなくても、なんて思った。
「警察に俺たちの風体を説明されると困るだろう。時間稼ぎだ。走れ!」

そのアパートメントが見えない位置まで全速力まで走ってきて、とりあえずぼくらはビルの影に隠れた。
遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。
ぼくらはそのまま大通りに出て人混みに紛れる。取り敢えずは大丈夫だろうか。

シンが肩で大きく息をついた。そして僕に短く聞いた。
「あの夢は本当なのか?」

ぼくは近くにあったニューススタンドで新聞を買った。最近ぼくは、過去でも使える小銭をジーンズのポケットに常に入れているのだ。
そしてシンに黙ってそれを渡す。ニュースを確認するためではなく、ただ日付を見てもらうために。
今年は1986年のはずだ。
シンは新聞の上部に書かれている日付を見て、眉を顰め、新聞をぐしゃりと手で握り潰した。

「説明しろ。今までお前が、いつ、どこで、どうしてきたのかを」
シンのきつい眼差しに、ぼくは観念した。君には関係ないなんて、これ以上言えそうにはなかった。
「とりあえず、歩こうか」
ぼくはシンを促し、歩きはじめた。目的の場所まで。
シンがぼくの横に並ぶ。
そして道すがら、ポツリポツリと話し始める。ぼくがどうやって”彼”を助けようとしたかを。そしてどうやってことごとく失敗したのかを。シンは気持ち悪いくらい黙って聞いていた。

そのうちぼくらは目的地に着いた。

歩きはじめてから初めて、シンが口を開く。
「で、ここは?」
ぼくは言い淀む。よりにもよって、この日のこの場所に戻ってきたときにシンが一緒にいるなんて。
でもぼくは今度こそやらなきゃならないんだ。

「君のほうがよく知ってるんじゃないかな」
そう。ここはシンの方がよく知っている。ぼくたちはある屋敷の前にいた。それは李家のたくさんある屋敷のうちのひとつだった。
「月龍の屋敷だな。だが俺が聞いてるのはそんなことじゃない」
わかるだろう。と、シンは言った。
わかっている。シンが聞きたいのは、ここでぼくが何をするつもりなのか、だ。
「あー。覚えてないかな?この時期ぼくはここでユーシスに捕まっていたんだ。君ともここで顔を合わせたと思うけど。取り敢えず、君はここで待っていてくれるかい?」
ぼくは答えになっていない回答をして、シンをはぐらかす。
「ここでお前が?」
どうやらシンはあまり覚えてないようだった。それならそれで好都合だ。
ぼくは鉄の柵に手をかけて、そこを超えようとした。
「おいちょっと待て」
シンがぼくのシャツの裾を掴む。
「離してくれ」
「いいから待てって」

シンはその時、唇に指を当てて口笛をならした。
屋敷の庭から何かがぼくたちの元へ掛けて来た。数匹のドーベルマンだ。
「おーよしよし。お前らえらいぞ。オレがわかるのか」
柵の向こう側で3匹のドーベルマンがちょこんと座った。柵越しにシンに頭をなでてもらって尻尾を振っている。
「よし。お前らそこで大人しくしておけよ」
と言ってシンが柵に手を掛け、軽々とそこに登った。

「ほら」
柵の上からシンがぼくに手を伸ばす。

ぼくは複雑な気持ちでシンのその手を見た。

「どうした?」
「いや。君って嫌味なくらい何でもできるよね」
シンほど要領がよければぼくはとっくに“彼”を助けることができているかもしれない。
シンが柵の上で唇の片端を上げてニヤリとした。
「惚れ直したか?」
「そうだね」
ぼくは曖昧な笑みを返しながらシンの手を取った。

ぼくらは柵を超え、シンが案内してくれた小さな裏口から、難なく李家の屋敷に潜入した。そして人気のない部屋に入り、扉の横に張り付いて、屋敷の様子を伺っているところだ。

「それで?お前はどの部屋に捕まっていたんだ?」
「ぼく?ぼくは軟禁されていたんだよ?そんなのわかるわけないじゃないか」
「お前は何しにここへ潜り込んだんだ……昔のお前を助けに来たんだろう」
とシンが呆れた声を出す。

ぼくを助けに?

違う。シンは誤解している。ぼくはぼくを助けに来たわけじゃない。そもそもぼくは昔のぼくに会うことができなかった。

ぼくがここへ来た理由はシンには言えないものだ。

「やっぱり君は外で」
待っていてくれと言おうとした時、どこかで派手に窓ガラスの割れる音がした。
バタバタと使用人達がその部屋まで走る足音が廊下に響く。

まずい。もうそんな時間か。

「シン。きっとあれは昔のぼくがガラス窓を割った音だ」
シンが壁に張り付きながらぼくを見た。
「昔のぼくはユーシスを人質にとってこれから車で逃げるんだ」
「あの時か」
シンはどうやら思い出したようだ。
ぼくは頷く。
「駐車場へはここからどう行くかわかるかい?」
ぼくはそこでやりたい事があった。駐車場でぼくは、ぼくとユーシスを待ち構えて……。
「わかった。あいつらを追いかけるんだな。事務室から空いてる車の鍵を取ってくる。ちょっと待ってろ」
「え?シン!」
シンはどうやら、ぼくが、昔のぼくとユーシスを追いかけると思ったようだった。
ぼくの当初の予定では駐車場に行くことができればそれでよかった。だけど、考えてみると、車が手に入るのであれば、追いかけた方が懸命な気がする。
そう考えているうちに、シンは素早くここから離れ、角の部屋に入っていく。そして一つの車のキーを難なく取って来た。
「ほら、行くぞ」
ぼくはシンに黙って着いて行った。











ぼくらは、昔のぼくとユーシスが駐車場へ来るのを待って、二人が車に乗り込むのを見た。その後を追いかけようとしたぼくをシンは止める。すると、またすぐに昔のシンもバイクで出て行ってしまった。

「君、あの時ぼくらを追いかけてきてたのかい?知らなかった」
「行くぞ」
シンが車のエンジンをかけてアクセルを踏む。駐車場からぼくらの車は急発進した。
だが、もう昔のぼくらの車もシンのバイクも視界から消えていた。それでは追いかけることができない。ぼくは焦る。だけどシンは昔のぼくらが車を止めた場所を覚えているらしかった。迷いなく運転する。シンってやっぱり本当になんというかすごいと思う。そう思いながら、ぼくは助手席からハンドルを持つシンを見ていた。
すると、シンが前方から視線を外さずぼくに言った。
「また惚れ直したか?」
「ほんとにね」
シンは片頬で笑ってみせた。

そしてぼくらは目的地についた。昔のぼくらは車からちょうど降りるところだった。
シンが昔のぼくとユーシスを少し追い越したところで車を止める。

ぼくは助手席から振り向いてリアガラス越しに昔のぼくらを見た。遠い。

「どうしてこんなところで」
「あっちの角からは昔の”俺”が見てんだよ」
ぼくは、助手席に片膝をついて乗り上げ、座席の背もたれに片手をついて後ろを見た。目を凝らすと、東洋人の少年がこちらを伺っているのが見える。背が小さい頃のシンだ。

ぼくはそのまま昔のぼくとユーシスまでの距離を目算する。
15mはあるだろう。遠い。

昔のぼく達は言い争っていた。だけどその内容はここまでは聞こえてこない。
「お前ら何話してたんだ?」
「ユーシスに彼自身を撃てと挑発された」

そう。この時のぼくはユーシスに挑発された。
ユーシスが何を言ったかをぼくは覚えている。
“彼”の事についてだ。

”彼”はぼくのためなら自らの手を血でよごすのに、と。
”彼”はぼくを傷つけないためなら自分を傷つける事もいとわないのに、と。
敵だったはずのユーシスが、”彼”のために何もできないぼくが悪いと、まるでぼくをなじっているかのようだった。

ぼくは車のリアガラス越しに目を凝らす。
遠くに見える昔のぼくがユーシスに向かって銃を向けたところだった。

今聞こえないはずのユーシスの言葉がぼくの耳の中で反響する。

『アッシュのために僕を殺せよ』

だけど昔のぼくは、不甲斐ないことにユーシスから視線をそらし、銃を持った腕を下ろす。
そんなぼくにユーシスが聞いた。

『できないのか?』

「そんなことない」
ぼくは呟いて、ジーンズに差した銃に手をかけた。
「英二?」
独り言を言ったぼくに、となりの運転席でシンが訝しな声を出す。
その声を聞き流し、ぼくの耳はあの時のユーシスの声だけを拾う。

『やっぱりできないんだな』

そんなことない!
ぼくは助手席のシートの上に両膝を乗せた。腰のジーンズから銃を抜く。ぼくはそのために”ここ”に来たんだ。
「おい。英二」
シンの声はぼくにはもう聞こえなかった。そのまま助手席の背もたれを支えにして銃を両手で構える。

『僕はいずれ彼の敵になる人間だと言ったろう』

そうだ。確かに彼は“彼”の敵になった。そして彼の手下を差し向け”彼”を殺した。だからぼくはこのために来たんだ。

ユーシスを、殺す。

そのためにこの日を選んだ。

ぼくはユーシスに向けて照準をあわせた。撃鉄を起こす。その時ぼくは気付いた。この銃はスミス&ウェッソンだ。安全装置なんかない”彼”の銃。そうか。あの時、引き出しの中から掴んだのは……。

「英二」

耳元で誰かがぼくの名を呼んだ。
「お前にはできないよ」
シンの声だ。
そして、シンの大きな掌がぼくの目をふさいた。視界が真っ暗になる。
「離してくれ」
「お前には撃てないさ。英二」
「撃てる」
「昔のお前にはできなかった」
「でも今のぼくにはできる」
「英二」
「刺し違えてもユーシスを、殺す」

そういう覚悟で、ぼくはここに来たんだ。

その時、昔のぼくがユーシスに向かって叫ぶ声がはっきりと聞こえた。
「お前なんかにわかるもんか!!」
そうしてぼくが走り去って行く音が裏通りに響く。

そう。わからない。だれにもわからない。

ぼくとアッシュがどこでどれだけ笑い合っていたかだなんて。
ぼくらがどれほどお互いを信頼していたかなんて。
あれからぼくがどんなに後悔したかだなんて。アッシュを失って……きみを失ってぼくがどれだけ……きみを取り戻すためならなんてもする。ぼくはなんでもするんだ!

ぼくは撃鉄を起こした。

昔のぼくは行ってしまったけど、ユーシスと昔のシンの話し声が聞こえている。まだ間に合う。まだユーシスはそこにいる。まだ―― 。

「シン。手を離して」

英二。とシンがまたぼくを呼ぶ。
「こんなことあいつが望むと思うのか?」
アッシュが?アッシュは―― 

『おれのそばから離れるな』

そう言って、彼はぼくに銃を決して渡そうとしなかった。
そして相手が何人いようとも、自分の体から血が流れようともぼくを守って走ってくれた。

だけど敵の罠にかかって窮地に立たされたとき、彼がぼくに銃を渡したことがある。

『二度とこれを持たせたくなかった』

彼はそう言ったんだ。

アッシュの望みは……

「ぼくは……」
ぼくの瞳から何かが溢れてシンの掌を濡らした。
シンはゆっくりと手を離す。ぼくの視界は瞳に溜まった涙で歪んでいた。ぼくのその目にユーシスが一人でこちらに歩いてくるのが映った。

「お前にはできないよ。英二」

アッシュはぼくを守ってくれた。なのにぼくは何の役にも立てなくて。だからぼくは決心したんだ。

「お前には、お前のやり方があるだろう」

ぼくの歪んだ視界の中で、ユーシスがどんどん近づいてくる。このまま近づけば、いくらぼくでも撃てば当たる距離になる。
銃を持つぼくの両手が震えた。

今だ。

ユーシスが車の真横を通る。
撃鉄は先程起こしたままだった。
この拳銃には安全装置がないんだ。引き金を引けば当たる。
ぼくは引き金にかけた指に全ての神経を集中する。
そしてユーシスは長い髪をゆらしながら、そのまま通り過ぎた。

ユーシスはそのまま―― 。

「英二。もういいんだ」

シンがぼくの肩越しに腕を回して、ぼくの両手にその両手を重ねる。
そしてぼくの指からゆっくりと銃を剥がした。

「ぼくはアッシュの役に」
ぼくの瞳は誰もいなくなった道路をむなしく見ていた。
「いいんだ英二」
シンはスミス&ウェッソンを片手で持ったまま、その腕で後ろからぼくを抱きしめた。
「今度こそって……」
なにも持っていないぼくの両手は、ぼくに回されたシンの腕を掴む。

「いいんだ」

そのシンの言葉にぼくは固く瞼を閉じた。一筋の涙が頬を伝う。ぼくはシンの腕で両目を隠す。だけど堪えきれないものが溢れ出してシンの腕を濡らした。その腕の中でぼくはアッシュの言葉を思い出す。

『人殺しはオレ一人でたくさんだ』

―― でも。でもそうしたら、どうすれば。どうすればぼくはきみを助けられるんだい?

ぼくは考える。
でも何も思いつかなかった。やれることはやってきた。もうすべて……。

だけど……。だけど本当にぼくは全ての事をやってきたのだろうか?まだ何かやり残したことはないのか。ぼくがここで諦めるということはアッシュを諦めるということなんだ。

そう考えていると、そのままシンがいきなりシートを倒して、ぼくに覆いかぶさってきた。

「ちょ、シン?」
ぼくは上半身をよじってシンを見る。
シンには似つかわしくない切羽詰まった表情。
「シ……」
ぼくはもう一度シンの名を呼ぼうとした。
すると、シンはぼくの唇を彼の唇でふさいだ。
どうして……。

シンの唇でぼくの唇が塞がれている間、車の横を誰かが走っていく音がして、それが通り過ぎた。

シンがぼくから離れて身を起こす。

「やっべー。今、昔の“俺”がこっちに走ってきて車の中をチラッと見やがった」
「君が?」
ぼくはなんだかわからないままシンを見上げた。
「そう。そういや……あの時」
とシンは顎に手を当てて考えはじめた。あの時とは、今この時間の事だろう。
「“俺”はあのあと月龍を追ったんだが、道路脇に変な車が止まってるなと思って、中を伺ったんだ。そしたら」
「そしたら?」
「車の中で男同士がキスしてた」
「それって」
シンが神妙に頷いた。
「今の俺たちだな」
ぼくたちは顔を見合わせる。

少しの沈黙が続いた。

その後、ぼくらは声を上げて笑い始めた。

「きみ、ほんとかい?ほんとに覚えてるのかい?」
「ああ。今思い出した。いい歳した大人のおっさん同士が路上の車の中で乳繰り合ってんのかよ。信じらんねぇ。って思った」
あの頃はおれも若かった。と、シンが笑いながら言った。
「なんだい。それ。きみがいきなりキスするからじゃないか」
「お前が、昔の俺が走ってきてるのに、俺の名前を呼ぼうとするからだろう。あんなオヤジ達にはなりたくないな。って思ったのを覚えてる。」

と、シンがしみじみと言うのでぼくはおかしくて涙が出てしまった。
ぼくはその涙を腕で拭いた。
それは、あたかも笑ったせいで出た涙なんだという振りをする。

シンはそんなぼくを見て穏やかに笑っていた。


「……お前。こんなところにこなくても、”あの日”に戻ればいいんじゃないのか?」
シンが言う”あの日”とは図書館でアッシュが亡くなった日だ。シンにとっては彼の兄であるラオが亡くなった日でもある。
「”あの日”にはもう戻ったって言ったろう?一番最初に。わけもわからないまま」
シンがぼくの言葉を聞いて何かを考え込んでいる。ぼくはシンに説明した。
「ショーターみたいなやつが言ってたろ?同じ時の前後一ヶ月はそこには戻れないんだ」
「試してみたのか?」
「みたさ」
最初に失敗してから何回も試してみた。何度も試すうちに、文字盤がするり滑ってその日で数字がとまらなくなった。もういい加減に諦めろ、と言われてるようだった。今ではその日に限らず、一度戻った日の前後一ヶ月はそんな感じで数字が滑って止まらない。
「じゃあ今から”あの日”を設定すればいいんじゃないか?」
「だから同じ過去には戻ることできないって」
「戻ることはできなくても未来に向かっていくことは?“今”からだと未来だろ?あのショーターにそっくりなヤツは”未来に行ってはいけません”とか言ってたが、”行けません”とは行ってなかったぜ」

ぼくはハタと気づいた。

そうか。1986年の”今”からだとすると、”あの日”は未来になるのか。
同じ時には戻れない。
じゃあ進むことはできるんだろうか?

ぼくは時計に手を出した。

忘れられない”あの日”に日付を設定しようとネジを回す。
まず、1987年に年号をセットした。
そして月日のネジを回していく。
一日ずつ進めるしかないこのネジ巻き方式がもどかしい。目的の日に近づいた時、ぼくは日付を通り過ぎないよう、充分注意しながらゆっくりとネジを回していった。その日でカチリとカレンダーが止った。

設定できた!

ぼくほシンを見た。
「できたか?」
「できたよ」
あとは時間の設定だ。
「何時に設定しようか」
「そうだな……」

ぼくは長針と短針を少しだけぐるりと回してみた。すると……

「わっ」
「どうした?英二?」

時計の針が勝手に回り始めたのだ。しかもすごい勢いで。ぼくは時計のネジから手を離した。だけど時計の針は回り続ける。ぼくは突然の頭痛に襲われた。いつもより激しい痛み。

「あ……あああ!」

ぼくはあまりにもの痛みに頭を抱えながら声を上げてしまう。

「英二?なんだ?どうなってんだ?大丈夫か!」

シンがぼくの手を取って引き寄せた。とたんシンも大きな声でうめき始めた。

ぼくの視界が回り始める。
そして周りが真っ暗になった。

ぼくは、ぼくとシンは暗闇の中にいた。体に強い風が当たっている。まるで台風の真ん中にいるみたいだ。大きな風が吹くような、ひどい嵐の中に立たされているような、そんな音がとまらない。ぼくは酷い頭痛で上がらない頭をなんとか上げて、ぼくの隣でうずくまるシンの肩に片手を回した。

その時、ある人物がぼくらの目の前に突然現れた。

「お前ら!未来の日付には設定するなっていったろーが!」

ショーター?じゃないんだっけ?ガンガンする頭を押さえながらショーターの怒鳴り声をぼくは聞いた。

でも……でもこれでもう一度あの日に行くことができるのなら。

「馬鹿野郎!そんな簡単じゃねーんだよ!未来は過去と違ってひとつじゃねぇんだ。今この瞬間から幾通りにも別れているんだ!お前はお前の望む未来に間違いなく行く自信があるのか!」

間違いなく行く自信?そんな自信あるわけない、今までのぼくの人生間違いだらけだった。

「あーあ、そんなこと言ってんじゃねーんだよ。お前が選んだ選択を、もう一度全て選びなおせるのかって事だ。正しかった選択も間違った選択も全てだ。ある朝コーヒーを飲むか牛乳を飲むかと考えた時。この日は歩いて仕事に行くか車で行くかと悩んだ時。そんなささいな”選択”までも、もう一度正確に選びなおすんだ。すべて間違わずに選びなおせてから、お前はお前の未来にたどり着ける」

ささいな選択?なんだかわからないけどぼくはアッシュのためならどんなことでもしてみせる。

「まったく。しらねーぞ。」
時の番人がブツブツと文句を言う。
「言っておくが同じ時空に存在できる同一人物は二人までだ。普通は時計が連れてってくんねーんだよ。裏技使いやがって」
とため息をついた。
そしてぼくの足元を指し示す。なにやら呪文を唱えはじめた。

すると僕の足元から光の糸が現れた。ぼくの足元から出発している一本のその糸は、すぐに何本にも別れ、複雑に絡み合い、そしてまた別れて、幾度もそれを繰り返し、漁師網のように広がり、永遠といえる彼方まで続いているように見えた。暗闇の中に広がり光る、黄金の何百、何千、何億もの糸。

「その糸は”お前の未来”だ。辿っていけ。間違いなく、な」

俺に出来ることはこれくらいだ。そう言って、時の番人は消えてしまった。

これを辿っていく?

その膨大な分かれ道。これのどこにぼくの行きたい未来があるのだろう。ぼくは茫然としてしまう。

ぼくはシンの腕を掴み上げながら立ち上がった。シンもぼくにつられて立ち上がる。だがまだ頭痛が収まらないのだろう。片手で頭を押さえたままだった。
「シン、大丈夫かい?」
「ああ。お前こそ大丈夫か」
「ぼくは平気だ」
平気なわけがない、今にも頭が割れそうだ。だけどぼくはこの糸の選択を一本でも誤ってはいけないらしかった。

ぼくはシンの手を握った。

広がる光の糸を眺める。それは最初から数十本に別れていた。

どれだ……どれが……。あ。

ぼくは気付いた。かすかに、ほんのかすかだけれど、数十本あるうちのひとつの糸の色がほんのりと……淡い緑色に染まっている。そんな気がした。

「シン。ぼくについて来てくれるかい?」
「信じてるさ」
シンが僕の手を握り返した。


ぼくは一歩を踏み出した。


とたん、光の渦に巻き込まれる。光速ともいえそうな速度で過去に経験してきた映像がぼくを通り過ぎていく、いやぼくが進んでいるのか。ぼくはひどく集中して幾とおりもある”選択”を違わずに選んでいく。一つを選べばまた一つ現れる。そしてまた一つ。絶え間ない”選択”。そのたびに、耳元で”過去”が通り過ぎる大きな音がした。

それから何百回ぼくは”選択”したのだろうか。それ以上かもしれない。

疲れたぼくはとうとう集中力を欠いてしまった。

「英二!」

ぼくは”選択”をするのが少し遅れた。とたん”過去”がぼくの方向を向けて襲いかかってくる。いろんなものがぼくとシンの身体に容赦なく当たった。ぼくはとっさに腕で身を庇った。その時ぼくはシンをつかんでいた手を離してしまった。

「シン!」

シンが強風によって後方へと飛ばされそうになっている。シンはそれに耐えていた。

ぼくはシンに手をのばした。シンもぼくに手を伸ばす。その時、ガンっとぼくの腕に何かがあたった。腕時計が破壊された。そして時計はぼくの腕から外れて後方へと激しい風とともに飛ばされていった。

全ての糸が消えた。

まぶしいくらいだった光は消え、ぼくらはバラバラに暗闇の中に落ちていく。ここで失敗すると”彼”の事を助けられないのに。“あの日”には戻れないのに。そんなのは嫌だ・・・。


アッシュ!


その時、聞き覚えのある声がした。



『お前のなすべき時になすべき事を為せ』



ああ、この声は……。ぼくはその声の主がだれか思い出しかけた。その瞬間、いつも目が覚めるときに見るような淡い白い光がぼくの身を包む。

その光がどんどん真っ白になっていく。
ぼくの目が眩しさで潰れてしまいそうだ。
気付けばまるで、ぼく自身が発光しているかと思えるくらいの白い光の中にぼくはいた。
体がどんどん熱くなる。全身に火傷を負っているかのような熱い痛み。


そうしてぼくは、なにもかもを焼きつくすような混じり気のない強烈な白い光に包まれた。


続く

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